今日は何の日
今月の祈りの言葉
今月のコラム
2014/11/23
今日は何の日
11月23日 谷口雅春先生の喜寿を寿ぐ祝賀会。岸信介氏が発起人・世話人代表となり、各界から多数の参列を得て、ホテルニューオータニで開催される。(『生長の家五十年史』P.778) (昭和44年,御歳77歳)
2014/11/22
今日は何の日
11月22日 谷口雅春先生は、卒寿式典で御言葉を述べられる。「人間の生命は無限であります。皆さんの生命も無限であります。私の生命も無限であります。やがては此の私が、いつかはこの地上から姿を消すように見える時には、谷口雅春はとうとう亡くなられたと思う時がくるかもしれんけれども、決してなくならないんです。又、お目にかかります。皆さんもその時には又別の立派な生き生きとした姿で現われておられて、そして再会、再び会うことができるのであります。…神の子たる吾々は神縁深く全ての人々に、一度会った人に、別れるということは決してないのであります。」(『理想世界』誌昭和58年2月号26-31頁一部加筆) (昭和57年,御歳90歳)
2014/11/21
今日は何の日
11月21日 谷口雅春先生は、龍宮住吉本宮・鎮護国家出龍宮顕斎殿新殿祭・鎮座祭を御親祭される。(『生長の家五十年史』P.555)斎主として祝詞をささげられる。「人智人力の万策尽きたる感ありし時、啓示授かり、この広大なる霊地に、大神御出御の龍宮住吉本宮並びに鎮護国家出龍宮顕齋殿を建て設けむとの神慮(かむはかり)を進め奉り」(『神の真義とその理解』259頁) (昭和53年,御歳86歳)
2014/11/20
今日は何の日
11月20日 谷口雅春先生は、神戸教化部にて石津先生十三回忌追悼式に参列される。「養子の雅春が七歳の時、学校の成績が落ちて来たのを知られ、大喝一声「五体の揃っているお前に、出来ないことなどがあるものか」と叱られた。幼い雅春は、その一言によって自信が充ち満ちてきた。そして彼は、養父の一喝によって励まされ、成績はぐんぐん上昇し、早大の特待生にまでなってしまったのであった」(『師と仰ぎ夫と仰ぎて』P.111-116、『白鳩』誌昭和31年2月号初出) (昭和30年,御歳63歳)
2014/11/19
今日は何の日
11月19日 養父石津又一郎氏ご逝去。谷口雅春先生は、熊本講習会から神戸へ駆けつけられる。「病床に入り込み、病父をしっかり抱きしめられた」。(『師と仰ぎ夫と仰ぎて』114頁) (昭和18年,御歳51歳)
2014/11/18
今日は何の日
11月18日 谷口雅春先生は、『実相体験集成』第1集を発行される。はしがき「宗教が科学に近づく道はたゞ体験記録の収集である」と。『生長の家』誌創刊以来満7年間の感謝状約1万通より約1千通を選出し編集。本文1254頁。 (昭和12年,御歳45歳)
2014/11/17
今日は何の日
11月17日 谷口雅春先生は、皇居を拝観される。(写真掲載『生長の火をかざして 永遠の谷口雅春先生』P.52) (昭和29年,御歳62歳)
2014/11/16
今日は何の日
11月16日 谷口雅春先生は、「中外日報」に「国会の乱闘国内闘争-その原因は日本国憲法にある」を御寄稿される。(『生長の家五十年史』521頁) (昭和44年,御歳77歳)
2014/11/15
今日は何の日
11月15日 谷口雅春先生は、「生長の家は何のためにあるかと言うと、生長の家は日本を支える柱であるということである。日本を支える“いのち柱”であるということは、世界の平和を支える“いのち柱”であるという根本使命を持って出現した、ということである」と説かれる。(「聖使命新聞」昭和46年11月15日号) (昭和46年,御歳79歳)
2014/11/14
今日は何の日
11月14日 谷口雅春先生は、『生命の實相』等の著作権を寄附し、東京都に対して財団法人生長の家社会事業団設立を申請される。 (昭和20年,御歳53歳)
2014/11/13
今日は何の日
11月13日 谷口雅春先生は、第8回青年練成会で御講話される。その一節が、真理の話第115話「西田天香先生と私との出会い」として掲載される。(『理想世界ジュニア版』昭和54年11月号) (昭和52年,御歳85歳)
2014/11/12
今日は何の日
11月12日 谷口雅春先生は、「愛の種々相について」をテーマに実相研鑽会を御指導される。「尊敬のない愛というものは、これは愛が崩れてしまっていると私は思うのであります」(『実相研鑽』第二集P.149) (昭和47年,御歳80歳)
2014/11/11
今日は何の日
11月11日 第1回生長の家指導者講習会を東京・赤坂の生長の家本部道場で開催。谷口雅春先生は「古事記」を御講義される。(二十日終了)(昭和16年9月発行の黒布表紙版『生命の實相』第16巻“神道篇”、並びに『古事記と日本国の世界的使命』に収録) (昭和10年,御歳43歳)
2014/11/10
今日は何の日
11月10日 天皇陛下御在位五十年奉祝行事各地で行なわれる。谷口雅春先生は、「まことに過日全国的に行はれた今上陛下御在位五十年奉祝のあの大群衆の先頭に立つてをられるのは住吉大神である」と説かれる。(『生長の家』誌昭和52年3月号86頁) (昭和51年,御歳84歳)
2014/11/09
今日は何の日
11月9日 谷口雅春先生は、天皇陛下御在位五十年記念式典の前日、九州別格本山で開催の青年練成会で「天皇と国民」と題して御講話される。(『聖なる理想・国家・国民』P.168~207) (昭和51年,御歳84歳)
2014/11/08
今日は何の日
11月8日 谷口雅春先生は、『秘められたる神示』はしがきを御執筆される。「…国家の行く手に光を点ずるものであらんことを念願するものである。愛国の諸賢、憂国の諸先輩の愛読を希望する。」 (昭和36年,御歳69歳)
2014/11/07
今日は何の日
11月7日 谷口雅春先生は、兵庫から東京へお手紙を出される。(『こころの旅路』P.60~)烏原水源地にお成りに。 (昭和14年,御歳47歳)
2014/11/06
今日は何の日
11月6日 谷口雅春先生の「われ愛国の青年に嘱望す」(『理想世界』誌)との御文章に応えて、伊勢皇大神宮復興奉仕実践練成会始まる。谷口雅春先生は、この練成会の為に「伊勢神宮の神前に於ける神想観」を授けられる。(『生長の家五十年史』P.459-461) (昭和34年,御歳67歳)
2014/11/05
今日は何の日
11月5日 谷口雅春先生は、名古屋から東京へお手紙を出される。(『こころの旅路』P.57~)「永遠に尽きぬ福田が積まれつつある」(大阪での誌友会、講演、講習のよろこびの便り) (昭和14年,御歳47歳)
2014/11/04
今日は何の日
11月4日 谷口雅春先生に、「生長の家の食事」(神示)天降る。『生長の家』誌昭和6年1月号に掲載される。(『神ひとに語り給ふ』に神示講義収録) (昭和5年,御歳38歳)
2014/11/03
今日は何の日
11月3日 谷口雅春先生は、博多から東京へお手紙を出される。「万事先方から都合が悪く変つて見えることが、こちらでは都合がよく行くのが生長の家であります。生長の家も配給の用紙が十分の一に削減されて、出版では成立たないので制度をかへなければならなくなりましたが、それも却つて前途面白く行く前兆ではないかと思ひます。何でもスラスラと生まれるのが生長の家であります」(『こころの旅路』P.134~) (昭和18年,御歳51歳)
2014/11/02
今日は何の日
11月2日 谷口雅春先生は、『光明道中記』において「旧我の消える日」であると説かれる。「『新たに生れる』とは出入りのことではない。我の脱落のことである」。(昭和14年初版、49年改訂『光明道中記』P.340) (昭和14年,御歳47歳)
2014/11/01
今日は何の日
11月1日 谷口雅春先生は、龍宮住吉本宮・鎮護国家出龍宮顕斎殿地鎮祭を御親祭される。(『生長の家五十年史』P.555)「どうしても今、鎮護国家の目的の為に住吉大神を特にお迎え申し上げる神社を建てなければならない」(『生長の家』昭和51年3月号94頁「明窓浄机」) (昭和50年,御歳83歳)
2014/10/31
今日は何の日
10月31日 谷口雅春先生は、昭和天皇陛下の記者会見を“つるしあげ”であるとしてお怒りになる。「わたしは『天皇陛下は見世物ではないぞ』と叫びたかった」(『国のいのち人のいのち』221~236頁) (昭和50年、御歳83歳)
2014/10/30
今日は何の日
10月30日 英文『甘露の法雨』のお守りに守護された日系二世の第442連隊が、184人の戦死者を含む800人余の犠牲者を出しながらも、フランスで孤立していたテキサス大隊211人を救出。(『新講「甘露の法雨」解釈』はしがき、“チュニス”と表記) (昭和19年、尊師御歳52歳)
2014/10/29
今日は何の日
10月29日 谷口雅春先生は、第3回栄える会東日本大会を本部で御指導される。(『生長の家五十年史』P.777) (昭和43年、御歳76歳)
2014/10/28
今日は何の日
10月28日 谷口雅春先生は、78回目の御揮毫に臨まれる。谷口輝子先生日記「半折200枚、六折43枚」。(『輝子先生を偲んで』P.142) (昭和31年、御歳64歳)
2014/10/27
今日は何の日
10月27日 谷口雅春先生は、『光明法語道の巻』において「摂理と云うこと」をお説きになる。「不幸に出遇ったと思っている時に神の導きがある」(『光明法語道の巻』218頁) (昭和24年、御歳57歳)
2014/10/26
今日は何の日
10月26日 谷口雅春先生は、日刊やまと新聞に「占領憲法の与えた精神的公害」を御寄稿される。(『生長の家五十年史』522頁) (昭和45年、御歳78歳)
2014/10/25
今日は何の日
10月25日 谷口雅春先生は、『人類の危機に臨んで是非知らねばならぬこと』を特別に発行され、その頒布活動を行なわれる。(『生長の家五十年史』P.773) (昭和33年、御歳66歳)
2014/10/24
今日は何の日
10月24日 谷口雅春先生は、74回目の御揮毫に臨まれる。谷口輝子先生日記「半折100枚、六折167枚」。(『輝子先生を偲んで』P.140) (昭和31年、御歳64歳)
2014/10/23
今日は何の日
10月23日 谷口雅春先生は、橿原神宮造営勤労奉仕隊に御参加され、勤労奉仕に励まれる。(写真掲載『生長の火をかざして 永遠の谷口雅春先生』P.45) (昭和13年、御歳46歳)
2014/10/22
今日は何の日
10月22日 谷口雅春先生は、『光明法語道の巻』において「『祈り』は願望実現が目的ではない」とお説きになる。「『祈り』と云うものは、『親なる神』と『子なる人間』との人格的交わりとして欠くべからざる人間の行事なのである。」(『光明法語道の巻』215頁) (昭和24年、御歳57歳)
2014/10/21
今日は何の日
10月21日 谷口雅春先生は、宇治別格本山・精霊招魂神社落慶に際し、「尽忠の精霊に告ぐる詞」を奏上される。「過ぐる大東亜戦争に国を護る楯となり国を支ふる柱となり 忠誠義烈尚霊界に逝(ゆ)き給ひし後々までも国を護る精神を捨て給ふことなく まことに靖国の天使とも称(たた)ふべき諸霊を この殿舎(みあらか)に招(お)ぎまつり 聖経を読誦し真理の聖詞を献げたてまつりてその精霊を労(ねぎら)ひ奉らんとす」(『聖霊天降る宇治-魂のふるさと』219頁に掲載) (昭和38年、御歳71歳)
2014/10/20
今日は何の日
10月20日 谷口雅春先生は、霊宮本尊、七つの燈台名を御揮毫される。「墨色が適当な濃さになった時、私は夫を迎えに行った。夫は明るい顔をしてやって来られた。霊宮と資料館と発祥の家の落成の日が、もう一ヵ月したら近づいて来るのであった。霊宮の御本尊の御名を書いて下さる日はいつだろうと、理事たちも建築家も心待ちにしていたが、ついにその日が来たのであった。「伊邪那美大神」と太々とした書体で先ず書かれた後、七つの灯台名も次々と書かれて行った。一番大きな灯台の名は、「天孫降臨皇御國成就燈」(以下略)」(谷口輝子先生御文章、『白鳩』誌昭和57年1月号) (昭和56年、御歳89歳)
2014/10/19
今日は何の日
10月19日 谷口雅春先生は、宇治別格本山の詳密講習会で21日まで連続御講話される。講話内容は、『唯神実相の世界を説く』に収録される。(『生長の家』誌昭和55年11月号~56年11月号「生長の家詳密講義」初出) (昭和54年、御歳87歳)
2014/10/18
今日は何の日
10月18日 谷口雅春先生は、岡山市にて開催の正統憲法復元改正全国大会で御講演される。 (昭和46年、御歳79歳)
2014/10/17
今日は何の日
10月17日 谷口雅春先生は、「禊の時は今」をテーマに、生長の家総本山第3回実相研鑽会を御指導される。結語にて「宗教は体験にあり」とお説きになる。(『生長の家』誌昭和55年12月号48-54頁) (昭和54年、御歳87歳)
2014/10/16
今日は何の日
10月16日 谷口雅春先生は、長野から東京へお手紙を出される。「十四日は午前三時半に起きて原稿書きましたが、十五日の朝は午前二時半に起きて原稿を書きました。原稿を書く前に三十分間神想観するのです。こんなことをもう三日間もつづけてゐるのに不思議につかれないのです。」(『こころの旅路』P.291~) (昭和27年、御歳60歳)
2014/10/15
今日は何の日
10月15日 谷口雅春先生は、『女の教養』はしがきを御執筆される。「教養があるということは、単に知識をゆたかに備えているということではないのである。あらゆる知識がその人の全人格にとけ込んで、バランスを得た調和あるすがたにおいて備わっているということである。」 (昭和41年、御歳74歳)
2014/10/14
今日は何の日
10月14日 「七つの燈台建立地・地鎮祭」を谷口輝子先生が御親祭される。(「聖使命新聞」昭和56年11月1日号、「顕斎」平成16年9月号) (昭和56年、尊師御歳89歳)
2014/10/13
今日は何の日
10月13日 谷口雅春先生は、日刊やまと新聞に「発行所違いの日本国憲法」を御寄稿される。(『生長の家五十年史』521頁) (昭和44年、御歳77歳)
2014/10/12
今日は何の日
10月12日 谷口雅春先生は、富士河口湖練成道場捧堂式に御臨席される。旧飛田給道場の建物が移築、復元。当時の楠本加美野総務は、「道場職員一同で『甘露の法雨』の読誦を始めたのです。(中略)丁度その頃「焼津港報」(千二百度の火葬炉の中で『甘露の法雨』焼けず)が送られてきました。(中略)我々は、生長の家を信じていますから、高級霊によって護られた奇蹟であることがわかるのです」(「練成会情報」より) (昭和42年、御歳75歳)
2014/10/11
今日は何の日
10月11日 谷口雅春先生は、日刊やまと新聞に「占領憲法の『言論自由』下に天皇侮辱の言論の横行を歎く」を御寄稿される。「この頃は悲しいことばかり、憂うべきことばかり、日本国内にも国際的にも色々と起って来るのである。もうこんな世界には生きていたくないと思うことすら時にある。“そんなことではいけない。日本国を救わなければならない、人類をたすけなければならない”と自分を励まし、老躯に鞭うって、出来るだけ若々しそうな元気を出して、日本国を救い、人類をたすけるための知恵を出してみるんだけれども、童べ笛吹けど、その調べに合わして動き出してくれる政治家はあまり無いのである」(『私の日本憲法論』485頁~収録)(『生長の家五十年史』522頁) (昭和46年、御歳79歳)
2014/10/10
今日は何の日
10月10日 谷口雅春先生は、『人間そのものの発見とその自覚』はしがきを御執筆される。「広漠たる眺望が、此の本を読み返し読み返ししていられるうちに、人生には、そして自分の人性には、こんな素晴らしい偉大なものが潜んでいたのかと、膝を叩いて、今まで気付かなかった、脚下にある自性無限の美と愛と生命と能力とを気づかなかった不思議にみずから呵々大笑して、広大な又、別の新しき人生の開拓に進んで行かれることを私は期待してこの序文を終る」 (昭和56年、御歳89歳)
2014/10/09
今日は何の日
10月9日 谷口雅春先生は、世界平和祈願世界御巡錫にて、パリに御到着される。(『生長の家五十年史』P.596) (昭和38年、御歳71歳)
2014/10/08
今日は何の日
10月8日 谷口雅春先生は、世界平和祈願世界御巡錫にて、ローマ法王と御会見される。「『私は日本が大好きです。貴方たちの宗教が世界の人の幸福のために役立ちますように』 アノージェ師は法王の言葉をいちいち通訳して下さった。夫は、『私たちは二百萬の生長の家信徒と共に、毎日朝晩に世界の平和を祈っています』と言われた。法王は、『私もみんなの幸福のために祈って居ります。(後略)』」(『世界を旅して 続篇』302~305頁、写真掲載『生長の火をかざして 永遠の谷口雅春先生』P.63) (昭和38年、御歳71歳)
2014/10/07
今日は何の日
10月7日 谷口雅春先生は、石川県七尾町立女児校講堂で「われらを浄土に救うものは何か」と題して御講演される。(『生命の實相』頭注版第12巻萬教帰一篇45頁~) (昭和9年、御歳42歳)
2014/10/06
今日は何の日
10月6日 谷口雅春先生は、『光明法語道の巻』において「肉體を憎む勿れ」と説かれる。「肉體を物質として愛する者は、肉體をやはり軽蔑する者だ。肉體を霊として、霊の最高顕現として愛せよ」(『光明法語道の巻』206頁) (昭和24年、御歳57歳)
2014/10/05
今日は何の日
10月5日 谷口雅春先生は、大井町(岐阜県恵那市、中仙道の宿場町)から東京の輝子奥様へお手紙を出される。「昨年、木曽福島で、阿部さんが『大井にも講習して下さい』とたのまれた時は誌友が三十人しかなかつたのださうであります。その時、講習を私が承諾したので、拍車をかけた結果四百余人も集ることになつたのです」(『こころの旅路』P.282~) (昭和26年、御歳59歳)
谷口雅春先生を学ぶ会とは?
尊師谷口雅春先生の御教えを忠実に学び継承し、広く普及伝達します。
立教の原点に立って光明化運動を推進展開し、
「本流の復活・天皇国日本の実相顕現」を目指します。
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