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コラム

立教90年の年に、現教団は、神様を取り替え、「實相」額を隠し、新たな〝雅宣教団〟の創立へと動き出した……

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宗教法人「生長の家創始者谷口雅春先生を学ぶ会」
副代表 前原 幸博


(1) 今回の「通達」は、尊師・谷口雅春先生を裏切り、光明化運動を支えた先人たちへの裏切りである

『菩薩は何を為すべきか』にこうあります。
《この運動は宇宙の創造神に在(ま)しますところの生長の家大神が或る時期に住吉大神(すみのえのおおかみ)と顕(あらわ)れてコトバの力によって御禊祓(みそぎはらい)をなしたまうところの運動であります》(新版57頁)

この本が出版されたのは昭和30年代の前半ですから、その時から既に、「生長の家」とは〝住吉大神(すみのえのおおかみ)と顕れてコトバの力によって御禊祓(みそぎはらい)をなしたまうところの運動〟であったということが分かります。そして、それがいよいよ具体的な形となって顕れたのが総本山のご造営に他なりません。それにあたって、尊師はこう宣言されました。

《わたしは近いうちに、九州別格本山の八十万坪の聖地に、護国(ごこく)の神霊住吉大神(すみよしのおおかみ)の神殿を建立する準備のために移住する》(『理想世界』誌・昭和49年12月号)

そのご神体として「護国の神剣」が奉納されたわけです。尊師畢生(ひっせい)のこの大事業である総本山のご造営にどれだけの信徒が挺身・致心・献資の真心を捧げてきたかは、総本山の、あの玉垣を見れば一目瞭然でありましょう。

ところが谷口雅宣総裁は、「国」とか「日本」とか「護国」とかそういうことを強調するのでは、自らの推し進める「国際平和信仰運動」の足を引っ張ることにしかならない……。だから、何としても「宇宙浄化・鎮護国家」のご祭神、住吉大神を替えなければならない……。そのため雅宣総裁は、新たに造化の三神を合祀(ごうし)し、住吉大神を脇神にし、時間をかけて〝無化〟するという手段に打って出たのです。
そのことを、教団全体にまで及ぼそうというのが今回の「通達」なのです。住吉大神から造化の三神への神様の取り替え――これは新たな教団の誕生と言うに等しく、明らかに尊師の御心を踏みにじるものであり、尊師とともに光明化運動に尽力してこられた数多(あまた)の先人たちへの裏切り以外の何ものでもありません。

(2) 「實相」額を覆い隠しては〝救い〟は生まれ得ない

今回の「通達」は、「實相」額を覆(おお)い隠し、礼拝するときの言葉まで変えようとしています。「通達」にこうあります。
「万物調和のムスビの働きを表した造化の三神と、神の創り給いし無限多様の実相世界を象徴する七重塔を通して、宇宙の大生命に礼拝いたします」
これまでは、〈「實相」のご揮毫(きごう)を通して〉とか〈「實相」の御額(おんがく)を通して〉などと言ってきました。つまり、「實相」額を通さないようにする、それが今回の「通達」の趣旨なのです。

この「實相」額について、『神 真理を告げ給う』にはこのように説かれています。

《諸君は〝生長の家〟の本部講堂や練成道場の講壇の正面に『實相』という大文字が掲げてあることを知っているであろう。あれは〝わたし〟が掲げるように命じたのである。
なかには、何かあの文字に大なる神秘的霊力があって、あれを礼拝すれば何か功徳があるかのように思って礼拝している人があるが、実相とは〝あなた自身の実相〟である。あなたの実相は、純粋透明な空気のように肉眼には見えないから、それを思い出して自分の実相を礼拝する機会を大抵の人はもたないのである。そして肉眼に見える肉体的姿を自分自身だと思いまちがえ、自分自身を物質的存在だと思い込んでしまうのである。だから、自分自身を物質的存在だと思いまちがえないように、『實相』と文字に大書して、自己の〝実相〟をその文字に移入して礼拝するようにしてあるのである》(14~15頁)

なぜ、「實相」礼拝なのか――。実相とは〝あなた自身の実相〟であって、〝自分自身を物質的存在だと思いまちがえないように〟するためなのです。この「實相」礼拝こそが、救いの根源なのです。それをしないということは、取りも直さず、この「實相」隠しからは、救いが生まれ得ないということを意味するのです。

実は、そのことを現教団は百も承知の上なのです。実際、現教団は以前から「個人の救済より、今は地球環境を救うための運動を展開する」と言って憚(はばか)らないできたわけですから……。救いがなくても結構というわけです。しかし、それは余りにも身勝手に過ぎる言い分ではないでしょうか。そのまま、『神 真理を告げ給う』にあるように、「實相」礼拝し、尊師の様々な「聖典」を拝読していけば、これから先、どれだけの人々が救われるか図り知れないわけです。そう考えると、今回の「通達」は、そういう後世の人々に対する裏切りでもあるのです。

(3) 神様を〝取り替え〟ては、たとえ「招神歌(かみよびうた)」を唱えても救いはもたらされない

『白鳩』誌・昭和48年3月号の「十四日の箴言(しんげん)」にかくあります。

《超越的絶対者は、それは〝絶対者〟であるが故に、われらに語りかけて対話を交えることはあり得ない。それ故に絶対者の慈悲を体現したところの相対的に顕現する人格神、又は天使、又は菩薩、又は教祖があらわれなければ絶対者はその救済を具体化することは出来ない。…〝神〟が救済を完(まっと)うし得る本当の神となり得るためには、絶対者が相対的人格神としてあらわれて救済の御業(みわざ)を現実になさなければならない。即ち法身(ほっしん)の阿弥陀仏(あみだぶつ)が、報身(ほうしん)又は応身(おうしん)の仏如来(ぶつにょらい)として顕現しなければならないし……天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)が住吉大神(すみよしおおかみ)として顕現しなければならない》

こう示されているにもかかわらずに、雅宣総裁は、住吉大神に取って替わって、造化の三神即ち天之御中主神を祀ってしまいました。そのことの問題を、分かりやすく「招神歌」で考えてみましょう。
〝生きとし生けるものを生かし給(たま)える御祖神(みおやがみ)〟――「御祖神(みおやがみ)」すなわち絶対神になります。そして〝天地(あめつち)の祖神(みおや)の道を伝えんと顕(あ)れましし〟――この「顕(あ)れましし」が大事なのです。絶対神が「顕(あ)れまし」て、つまり〝応化神(おうげしん)〟となる。それが「生長の家大神」ということなのです。そして、〝応化神〟となってはじめて「守る」というハタラキをしてくださるのです。

だから、尊師は、「天之御中主神が住吉大神として顕現しなければならない」とご教示くださっているのです。その住吉大神を外してしまったら、当然、〝守りませ〟というハタラキは望み得ない。つまり、現教団にあっては、「招神歌」を唱え、住吉大神のご守護を願っても、残念ながらそれは叶わないということになってしまうのです。

立教から90周年を迎え、本来ならば創始者を大々的に顕彰すべき年であるはずなのに、その御教えを継承すべき雅宣総裁が、それに真っ向から反する、否、全否定するような「通達」を出す……。時を同じうして、私たちが宗教法人を取得したというのも決して故なしとはしません。〝雅宣教団〟が救いの力を失ったとすれば、それに取って替わって、尊師の御心を正統に継承する私たちこそが、人を救い、国を救う、その大いなる使命に立ち上がっていかなければならないのです。宗教法人を取得した喜びを力に、心ある皆様と心を一つにしてさらに前進してまいりましょう。

(月刊『谷口雅春先生を学ぶ』令和2年7月号より)


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