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コラム

憧れこそが神想観を日々、実修させる道なり

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宗教法人「生長の家創始者谷口雅春先生を学ぶ会」
副代表 前原 幸博

「あのね、先生は神想観を一日に幾(いく)回(かい)くらいなさるんだろうかね……」
すると、女中さんはそのものずばりと、即座に、
「私が知っているだけでも、五、六回はなさいます……」(『谷口雅春先生のご日常』21頁)

神想観を実修しないのでは生長の家の信徒とは言えません。『人生の秘訣365章』にこうあるからです。
《生長の家の誌友でありながら、神想観をしない人があるのは誠に不思議なことなのである。
聖典を読むのは、無限の宝が充(み)ちている未知の世界に旅行するため旅行案内書を読んで、どこに行(ゆ)きどうしてその無限の宝を発見し得(う)るかの手順を知らされるようなものである。神想観は、その案内書によって知った「未知の宝庫」に直接触れる途(みち)なのである。神想観を毎日励まないでいて、「私は生長の家です」というのは少々無理である》(285~286頁)

かくも重要な神想観。しかし、今だからこそ正直に告白しますが、かつての私は実修したり、しなかったり、しなかったり……。そういう私が、日々、実修するようになったのは、加藤力(ちから)という信徒さんとの出会いがきっかけでした。加藤さんがどうして入信されたか。

《私は、シベリアに抑留され、その体験の中で生長の家と出会いました。地獄のような生活の日々。「この寒さで、この粗末な食事、そして過酷な労働。これでは身体(からだ)が持たない」寝ても覚めても不安に思い、一冬越した頃には多くの仲間が死んでいきました。そんな中で、一人、毎食、正坐合掌して「ありがとうございます。この食事が私の血となり肉となって益々健康となりますように。そして皆様の為に働くことが出来ますように。」そう祈って、食べている人がいたのです。その人は、その祈りの言葉通り、益々健康になって人の分まで作業を手伝っていました。その姿を目の当たりにして、私は心からその人に尊敬の念を覚え、その人を通して生長の家を知ったのでした。その人の名を兼子善信と言います。収容所内では、共産主義思想教育が盛んで、これを憂いた彼は、ある日、同志を募り、共産主義思想に汚染されないようにと夜中、密会したことが同僚の密告で分かり、彼は「ソ連」に対する反逆罪で10年の刑を言い渡され、鉄扉3枚の地下牢に入れられました。普通、10日位で発狂し、死亡するのが当たり前と言われておりました。ところが、彼はそのような中で、大声で招神歌(かみよびうた)を唱え、神想観を実修したのであります。これぞ、死と向き合った「命がけの神想観」であります。看守は、いつ発狂して死ぬだろうかと見ているが、なかなか死なない。20日経ち、30日経っても死なないので、1ヵ月ぶりに、彼は地下牢より出されることとなりました。空は明るく、眼がくらむようであった、そして何より空気がうまかったことが今でも忘れられないと、昭和31年、帰還祝いにかけつけたとき、話してくれました。「人間神の子・無限力」の真理の前には、さしものソ連兵も俺を殺すことは出来なかった、と高笑いしていた彼の姿が今でも忘れられません。人生、如何なる困難があろうとも、兼子氏の如き、堅(かた)き信仰、「命がけの神想観」をもってすれば突破できないことはありません。ともに、精進していこうではありませんか》

加藤さんは、兼子さんに憧れて入信しました。この憧れこそが何より大事なのではないのか。「大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)」を成し遂げたことで知られる塩沼亮潤大阿闍梨(だいあじゃり)(1300年の歴史で達成したのはたったの2人と言われる)が、何故、その〝行〟に挑戦したいと思ったか。酒井雄哉氏(比叡山延暦寺の千日回峰行を2回満行した行者として知られる)の〝行〟をテレビで見て、それに憧れたからだと言います。

今にして思います。神想観という〝行〟に憧れる――そのような指導こそが本来、求められるべきではなかったか。ところが実際はどうでしょう。「神想観 足は痛いし手もだるい 早くこいこい あーまーてらす」神想観といえば苦痛観、こういう刷り込みがなされてきたのではなかったか。
『生命の實相』を拝読して、神想観に憧れる……。私にとっては、それが澤田正人さんとの出会いでした。澤田さんは、実修後の心境をこう語っています。

《真理を悟って神想観をするのと、真理を悟らないでただ暗中模索しながら神想観を実修するのとは異いますなあ。その時神想観を致しますと、直(す)ぐでしたねえ、眼は閉じているのですが、自分の合掌が巨人の手のように大きく見えて、その巨人の合掌の尖(さき)から、電車のポールからスパークするような紫色のとても明るい光が迸(ほとばし)り出るのでしたが、巨人の手はやがて消えてしまって、それが天地を貫く宇宙の中心軸のようなものに感じられる。その宇宙の中心に私が坐(すわ)っているのです。そして自分というものが宇宙大に拡(ひろ)がって自分と宇宙というものが全く一体である。(中略)その夜を境として私の世界を観る眼が一変してしまいました。道を歩いていて電信柱があると、「その電信柱も自分だ」という実感がする。子供が電車の中でニコニコ笑っているのを見ても、「笑っているのは自分である、自分が嬉しい」という実感がする。それは実感であって理屈ではないのです。(中略)古来から大聖人は他人の悲しみを自分の悲しみとし、他人の喜びを自分の喜びとしたといいますが、それが本当であるという事が体験によって判りました》(新編『生命の實相』第20巻57~59頁)

神想観を実修すれば、澤田さんのような体験が得られる……。どうしてそういう体験が得られるのか。神想観はまさしく尊師がお悟りを得られたときの行そのものであるからです。当時、尊師は、毎朝5時に開く、近くの勇湯(いさみゆ)という銭湯で心身を浄め、それから本住吉神社に参拝されていました。日本国の隆昌(りゅうしょう)と皇室の弥栄(いやさか)とをご祈念せられ、そのあと、自宅で静坐黙念の行を修されるのが当時の尊師のご日課であったのです。こうした毎朝の行持(ぎょうじ)の中で、「一切現象無(な)し、物質無し、肉体無し、心も無い。ただあるのは実相のみ。神と神の御心(みこころ)の顕現のみである」という神啓(しんけい)を受けられます。そのときのことがこう記されています。

《私の眼の前に輝く日の出の時のような光が燦爛(さんらん)と満ち漲(みなぎ)った。何者か声の主(ぬし)が天空に白く立っているように思われたが、それはハッキリ見えなかった。しばらくするとその燦爛たる光は消えてしまった。私はポッカリ眼をひらくと、合掌したまま坐(すわ)っている自分をそこに見出したのであった》(新編『生命の實相』第33巻124頁)

これが、尊師のお悟りの瞬間です。つまり、神想観を実修するのは、尊師の、そのお悟りの追体験にほかならないのです。そのお悟りに一歩でも近づきたい、少しでもわかりたい! その憧(あこが)れこそが吾(われ)々(われ)をして神想観を実修する道へと駆り立たしめるのです。第二の兼子さん、澤田さんとなって、神想観実修のよろこびの輪をどんどん弘めていこうではありませんか。

(月刊『谷口雅春先生を学ぶ』令和2年12月号より)
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